Idiot's Delight

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実写「フォールアウト」とゲーム「Fallout4」第四境界に無職転生

実写「フォールアウト」視聴完了。あれを「マイルドvault」を思ってしまうくらいに私の脳はヌカ漬けです。付録?のアニメも楽しくて好き。

 

ゲーム「Fallout4」を引き続きプレイしてます。普通にハマってますな。現在はダイヤモンドシティきてニックを助けたところ。ターミナルのログを読みながら進めるのが楽しい。

 

伊集院光さんのラジオで紹介されていた第四境界「かがみの特殊更生施設」が面白そうです。渡辺浩弐さん味を感じます。

daiyonkyokai.stores.jp

 

無職転生が面白い。アニメもいいですが原作小説版も面白いです。「小説家になろう」というサイトに投稿されているので無料で読めます。おすすめ。

https://ncode.syosetu.com/n9669bk/

 

Martinさんでモーニング。パンケーキプレートをいただきました。甘塩っぱい中毒の旅は続いていくのです。

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tabelog.com

雑記 カスハラ問題について考える

「カスハラ」というのが問題になっています。語感だけですと「酒粕」や「ハラミ」からの連想で何やら美味しそうな珍味のようにも思われますが、「カスタマーハラスメント」の略で「カスハラ」と呼ばれているみたいです。

 

お客様は神様です。そんな言葉があります。カスハラの背景(正当性の担保)はこの言葉みたいですね。軽くググってみると三波春夫さん(演歌歌手)の言葉のようです。ただし三波春夫さんの意図としては飽くまで演者側(サービス側)の意識の問題に言及するものであり、カスタマー側を無条件で正当化するものではなかったそうな。

どこかの本で読んだ記憶ではこの言葉は大正時代の芸人のギャグとしても用いられていたそうな。そちらでもギャグ(神ではないものを神とするギャグ)なのでカスタマー側の正当性を担保するものではありませんでした。

 

当たり前ですが「人」は「神」ではありません。

 

で。

気になるのは「どうして問題化しているのか」という部分です。理由はいろいろ考えられますが、

① カスタマー側の態度が悪化している

② サービス提供側のクオリティが悪化している

テレビなどで取り上げられる場合はこの二つを理由として考えられている傾向があるように思います。(特に①)補佐として、

③ もともとあった問題が情報機器の普及によって発信される(検知される)精度が上がった

なども考えられるでしょうか。

しかし

④ サービス複雑化によりカスタマー側のリテラシーが不足している(自動レジなど)

⑤ グローバリゼーションに伴う欧米的な新自由主義が普及し、労働者の権利に敏感になった

みたいなことも理由になるかもしれませんし

⑥ 以前のようなサービス提供が困難になっている

みたいな理由もあるかもしれません。

 

このような問題があがるとついつい「悪者探し」に走ってしまいがちですが、近代の人間社会という複雑系において人間が認知できる単一の「悪者」というのは、もはや幻想の産物かもしれませんね。

とはいえ相対主義的なものを復興しても、それほどよい結果につながらないようにも思われますので、そのあたり冷静でいたいものです。

 

GWの賑わいで辿り着けぬモーニングの果て

御目当ての店がどれもいっぱいで。それで気づいたらGWとのことです。学生から成り下がって以降、GWやお盆など世間様の「連休」とは相容れない生活を営んでいるために、気付くのが遅れてしまいます。空きっ腹を抱えて五条橋の東の先にてようやくと朝食にありつくことができました。

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「cicon」さんのモーニングビュッフェ。おいしいパンとフルーツをビュッフェスタイルで頂きます。食べすぎないようにするのに相当の胆力を要しました。

2024年4月コンテンツランキング

映画

ゴーストバスターズ2 3.6

ゴーストバスターズ(2016) 2.8

ゴーストバスターズ アフターライフ 3.5

クライムズ・オブ・ザ・フューチャー 2.8

 

ゴーストバスターズ』シリーズは1作目が一番面白く感じました。続編作るのは難しいですね。

『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』は「内臓」が「思想」のメタファーだと思うんですが、リアリティの乏しさが欠点になっていると思います。リアリティが乏しいため隔世感がメッセージにも付着し、「真に受ける」ことが難しく感じました。

 

マンガ

血界戦線 Beat 3 Peat(2) 4.3

呪術廻戦(26) 3.9

刃牙らへん(1) 3.8

ワンパンマン(30) 3.7

チェンソーマン(17) 3.6

シャングリラ・フロンティア(17) 3.8

推しの子(14) 3.6

葬送のフリーレン(13)4.0

beautiful place 3.8

超人X(9) 3.6

銀河英雄列伝(29) 3.6

ジョジョランズ(3) 3.4

僕の小規模な育児(10) 4.0

 

アニメ

勇気爆発バーンブレイバーン 2.6

響け!ユーフォニアム3 3.6

 

『勇気爆発バーンブレイバーン』1話が面白さのピークだったのが残念。

 

読書

父が息子に語る 壮大かつ圧倒的に面白い哲学の書 3.4

スラップスティック 4.4

 

朝一がっつりカレーを頂きました

「SPICE HOLIC」さんであいがけカレー(フルトッピング)。

朝の躊躇がいっさいないがっつりカレー。うまし。

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雨ゆえにお家に引きこもってゲーム三昧。Fallout4が面白い。どこで分岐するのだったかな? 思いつくままプレイをしています。楽しい。

雑記「合理的」について

「合理的」ってよく言われます。

「〇〇するには合理的だ。そうしないのは馬鹿だ」みたいな文脈で使われることが多いような気がします。

この言葉について(おそらくには無自覚に)「経済」という言葉が省略されている気がします。そして省略された「経済」という言葉に意識を向けると「(経済)合理的」が正しいのかどうかは疑問が残ります。

 

経済合理性の良さとは「わかりやすさ」にあると思います。資本主義体制において「数値に置き換える」経済合理性はイデオロギー上の良し悪しを「わかりやすく」してくれるという価値があるように思います。ただ「わかりやすさ」を至上の価値として良いのでしょうか?「わかりやすさ」を至上の価値としてしまうと対義となる「わかりにくさ」に価値を認めないことになります。しかし私たちはすでに「わかる人だけわかる」や「わかりにくい」コンテンツに囲まれて生活しています。これらのコンテンツは無価値でしょうか?

 

「わかりにくさ」の価値としてはドワンゴの川上さんが出された本の記述が関連しそうです。

簡単にまとめると「新しいものは脳のショートカットみたいなものでショートカットが多いと生存に有利に働くから人は新しいものに惹かれる」みたいなお話が書かれている部分があります。

脳の生理的に正しいかどうかはわかりませんが納得できるロジックだと思います。そして「新しいもの」を「わかりにくいもの」に変更しても通用しそうだなと感じました。ここあたりに人が「わかりにくいもの」に惹かれる理由が潜んでいそうです。

 

ともあれ「わかりにくい」コンテンツが一定の評価を受けているということは、そこにも一定の価値が存在しているように思われます。であるなら「わかりやすい」合理性だけを求めるのも疑問が湧きますし、その疑問は「経済合理性」を正しいとすることにもリーチするように感じられます。

だからといって「経済合理性は意味がない」ということを書きたいわけではなく、それを「絶対に正しい」とする姿勢、つまり「(経済)合理的だ」が最終的絶対的な結論にはなり得ないと思うということを書きたかったわけです。それはあくまで「経済」という限定的なスコープに限った「合理性」にしか過ぎないのでしょう。

 

ということをお昼休みに考えていました。

 

以上、ではまた次回。

ゲーム『サガエメラルドビヨンド』評価 ”JRPG”に惹かれたワケ

4月もいろんなゲームが発売されました。私は『Fallout』シリーズ漬けを送っていますが、その他注目しているのが「サガシリーズ」新作の『サガエメラルドビヨンド』。

海外レビューサイトの評価は以下のページにて纏められています。

news.yahoo.co.jp

総ずると「戦闘は面白いけど、それ以外は微妙」という感じでしょうか。特にグラフィック面でのチープさが指摘されているように思われます。

 

JRPG」という言葉がありますが、この言葉には懐古主義が付着し過ぎているようにも感じます。果たして「JRPG」というフォーマットに惹かれていたのでしょうか? 

もちろん「JRPG」を楽しんでいた過去はありますが、私個人としてはフォーマットではなく、当時のゲームとして「最先端」だったからという理由の方が強いように感じられます。

ファミコンからPSまでの時代はゲームの進化はめざましく熱狂的なものでした。その時代の王道として発売される日本のRPGにはその熱狂が封じ込められたような先端性を伴っていました。(このあたりはマンガ「ハイスコアガール」に詳しく)思い返すとそのような先端性にこそ惹かれていたように思います。つまり当時の最先端で最高のゲームが「JRPG」で、だからこそ愛されていたのだと思います。

JRPG」という言葉が懐古主義的な文脈で用いられることなく、「最高のゲーム」の代名詞として使用されることをオールディなゲームファンとしての私は願ってやみません。

(サガエメも無理に3Dでなく、オクトラみたいなグラフィックの方向性の方が好意的に受け止められそうだなと思いました)

 

以上、また次回。