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映画『こんにちは、母さん』感想 セリフの長さの魅力

本日も仕事です。

今回は映画「こんにちは、母さん」の感想について、です。

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面白かったです。最初のうちは現代劇としてのそぐなわさを感じていたのですが、観終わる頃には、沁み入るような心地よさを感じました。

 

それはどこから来ているのでしょうか?

 

「現代劇としてのそぐなわさ」は、以下のようなセリフに表れていると思います。昭夫(大泉洋さん)が久しぶりに実家に帰ってきたら母、福江(吉永小百合さん)が髪を染めていた。福江が昭夫に対して「おかしい?」と尋ねたとき、昭夫の返答が以下のものです。

いやいいんだよ オシャレぐらいしなきゃ

歳とってえびの佃煮みたいに背中丸めて

一人わびしく暮らしてちゃダメだよ

現代の人でこんな言い回しはほとんど聞かれないでしょう。最初のうちはこのようなセリフに表れる現代劇としてのそぐなわさに違和感を覚えていました。

 

しかし観終わったときは、このセリフの長さが魅力なのだと思うようになりました。

 

例えば、以下のシーン。おばあちゃんちへ家出をしている娘、舞(永野芽郁さん)が、福江と一緒に銭湯から家に帰るシーン。家に帰ってくると誰かがに家にいる、不審者かな? と思ったけどそれは昭夫だった、そのシーンで舞が発するのが以下のセリフです。

誰! 人の家に黙って上がったりして

なんだ おばあちゃん、パパよ

このセリフを発する時、「誰!」と言った時点で舞は昭夫を視認しています。そして「なんだ」で昭夫だと気づくのですが、その途中「人の家に黙って上がったりして」というセリフを話す間、昭夫を視認しつつ昭夫に気づかないという、やや不自然なシーンになっています。このような過剰とも取れるセリフの長さにより、役者さんの演技が入り込む余地が生まれているのではないでしょうか。

例えば上記のセリフを現代的に直すと「誰っ!? ってパパか」くらいになるでしょう。(これでも長いかもしれませんが)このセリフの長さでは動作を示すくらいで終わってしまいます。

しかし上記のシーンでは、このセリフを言いつつも舞の「不安だけど毅然とした態度で不審者にのぞむ表情」や「昭夫だとわかって安心+呆れの表情」など、様々な感情の演技が入り込んでいます。このようなセリフの長さをもって、情感を込めた役者さんの演技をつけることで、登場人物たちに共感を発生し、人情物語へと結束させている、その点が魅力的だと感じました。

 

ただセリフが長いので全体のテンポは悪くなっています。また物語自体も日常的なものなので、スペクタクルはありません。そういう意味では現代の映画と比べると見劣りするかもしれません。しかしじんわりと面白い。感覚的に言えば、焼肉やハンバーグではなく、「あさりの味噌汁」としての旨さみたいな感じでしょうか。そしてこの「あさりの味噌汁」が最近では滅多に食べることができなくなってきました。おそらくこの脚本も山田洋次監督というブランドがなければ、これほどのキャスティングで成立し得なかった作品ではないかと思います。そういう意味では、「超高級あさりの味噌汁」が出てきたというような、奇跡的な作品と言えるかもしれません。

 

もちろん「焼肉」としてのテンポ良い最近の映画も面白く感じますし、面白い方向に進んでいくのは当然のことだと思います。またこの映画の人情が良いからといって、「現代にも人情が必要だな」とピュアに思うことはありません。

ただそんな「人情」が映画(ファンタジー)の中だけには残っていてもいいじゃない、焼肉だらけのところに、あさりの味噌汁がいっぱいくらいあってもいいじゃない。そんなふうにこの映画を楽しみました。いいですね、人情。

 

吉永小百合さんの演技も必見です。拝見するたびに思うのですが、吉永小百合さんの少女のような可愛らしさはどこから来るんですかね?

 

本日はここまで。

それではまた次回。