Idiot's Delight

煩悩まみれで気軽に日々を過ごしております

映画『ロストケア』生命に対する罪悪感は解消できるのでしょうか?

今日も仕事です。

またまた年始の休みで楽しんだものについて書いていこうと思います。

 

今回は『ロストケア』という映画です。

 

※ここからは映画のネタバレを含みますのでご注意ください

 

『ロストケア』は48人の高齢者を殺害した介護士と、

その事件を担当する検事を中心としたヒューマンドラマです。

介護士松山ケンイチさん、検事を長澤まさみさんが演じています。

 

松山ケンイチさんが演じる介護士

「自分がやっているのはロストケアーー喪失の介護だ」と語ります。

認知症などを患っている高齢者の介護は

している方も、そしてされている方も地獄の苦しみを味わうことになる。

だから自分が救っているのだ、それが松山ケンイチさんが演じる介護士の言です。

 

そしてその事件を担当することになった検事の長澤まさみさんは

そんな松山ケンイチさんを否定します。そんなものは正義ではない、と。

しかし長澤まさみさんにも認知症を患っている母親がおり、

松山ケンイチさんのことを完全には否定しきることができません。

 

そして最終的に長澤まさみさんは松山ケンイチさんの行為に

共感を示したところで映画は終わります。

なかなかすごいところで終わる映画です。

 

この映画で好きなところは

まずは長澤まさみさんと母親のシーンです。

 

母親は老人ホームに入っていて、

長澤まさみさんはその母親の元へ尋ねます。

母親は長澤まさみさんに告げます。

「前来たのは一週間前でしょ? そんなに来なくていいわよ」と。

しかし長澤まさみさんが訪れたのは一ヶ月ぶりだったのです。

 

驚きと戸惑いの表情を浮かべて

狼狽つつも母親の言葉を訂正します。

言外に「お母さん、しっかりしてよ」という声が

聞こえてきそうな表情です。

 

そんな想いも虚しく、母親はそのすぐ後に

「前来たのは一週間前でしょ? そんなに来なくていいわよ」と

繰り返してしまいます。

それに対して長澤まさみさんは戸惑いの表情を押し殺して

「そんなの気にしなくていいわよ」と明るい笑顔で母親に合わせます。

 

このシーンを見たとき、

私は映画を止めてしばらく言葉も出ずに突っ伏してしまいました。

 

一見すると最初の驚き、戸惑いの表情は厳しく、

次の笑顔は優しく感じられるのですが、

その実としてあの笑顔は正常な人間には戻れないと

ある意味で「見限った」ものだったと感じるのです。

 

検事になれるくらい頭が良い人なので

母親との短いやり取りの中で、

お母さんはもう戻らないと悟ってしまったのでしょう。

その結果、誰の得にもならない訂正は行わず、

母親に合わすという行為を選んでしまいます。

 

その笑顔には母親を思う優しさもあるものの

見限ってしまった後悔や罪悪感も滲む複雑なもので

思い返すだけで胸にずしんと響くものがあります。

 

またラストシーンも良いと感じました。

認知症の母親を老人ホームに預けて任せっきりになっている自分

そして母親のことはある意味見限っている自分、

それらの罪悪感を覚える長澤まさみさんと

高齢者を殺害した松山ケンイチさんの顔がガラス越しに重なって

映画は終わります。

エピソードと絵が一致したとても良い演出だと感じました。

 

ただ少し残念だと感じた部分もあります。

映画が始まって一時間した中盤くらいのところで

松山ケンイチさんが高齢者を殺害していたことが発覚するのですが、

なぜそんな殺害をしていたのか、納得できる説明がないのです。

 

劇中では「自分も介護に苦しんでいたから、救いたかった」ことが

理由として語られるのですが、あまり納得できるものではありません。

 

松山ケンイチさんが演じる介護士

過去に親の介護を経験しており、それが非常に厳しいものでした。

その介護生活の中で、実の親から「殺してくれ」と懇願され

実際に親を殺してしまいます。

ここまでは(賛否は別として)納得することができます。

しかしそこから「他の高齢者も殺害しよう」となるのは

飛躍しすぎていて、心の流れを追うのが難しく感じられます。

捕まった後の露悪的な態度も加わり、

介護士がただのサイコパスのようにも見えるのです。

 

そのため映画中盤で行われる検事と介護士の面談も

正義か悪かという凡庸なやりとりで終始しているように感じられました。

(そもそも法律で善悪を語るのは無理がある気がします)

 

というように中盤はグダるのですが、

尊厳死の押し売りから炙り出される生活の困窮」

「生命の価値は生命の存続に比して、どれほどの重きを置かれるべきか」

このような答えの出ない問いかけ与えてくれた良作だと感じました。