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マンガ『ダイヤモンドの功罪』巧みなドラマ構成の魅力(2)

本日は仕事です。

今回は前回に引き続き『ダイヤモンドの功罪』のドラマについて書いていこうと思います。

前回は子ども同士のドラマについて書きました。今回は大人のドラマについて書いていこうと思います。

(前回までの記事は以下のリンクからご参照ください)

 

akutade-29.hatenablog.com

 

akutade-29.hatenablog.com

 

※ネタバレを含みますのでご注意ください。

 

大人のドラマのうち、今回は特に印象深かった2つのエピソードについて書いていこうと思います。それは監督と母親のエピソードです。監督を代理父と見立てると、「父と母」のエピソードと言えるかもしれません。

いずれも対比構造で描かれておりますので、どのように対比となっているか、その対比によってどういう解釈が可能なのか、そういうところを書いていきます。

「知っている」大人たちのドラマ、「知っている」からこその辛い葛藤、「知っている」も辛いもんですね。

 

監督のエピソード

本作では単行本4巻時点で監督が二人登場しています。まず一人は綾瀬川が初めて所属した野球チーム、足立バンビーズの監督です。もう一人はU-12日本代表チームを率いる並木監督です。この二人の対比的な部分は綾瀬川に野球を薦めるか否か」です。

 

足立バンビーズの監督は、綾瀬川がチームに所属した当初、チームに迎え入れて、綾瀬川の希望である「みんなで楽しみたい」を叶えるように扱います。

野球はここにいるみんなが味方なんだ (第1話 バンビーズ監督)

しかし綾瀬川の能力の凄さ(教えてもいない変化球をいきなり放り投げるなど)を見せつけられた監督は、「みんなで楽しみたい」という綾瀬川の希望に反して、日本代表チームの選考会に行くように仕向けます。

バンビースにいる限り、綾が試合に出ることはないよ 一生(第1話 バンビーズ監督)

このようにバンビーズの監督は綾瀬川により本格的な野球を行うように行動します。

 

一方、U-12日本代表率いる並木監督は、綾瀬川から野球を遠ざける行動をとります。

優勝後、綾瀬川から以降の野球生活について、「今のチームをやめて、野球塾に入りたい」という申し出があったとき、並木監督は綾瀬川の今後を考えると一番良い選択かもしれないと賛同します。

野球塾…だけ いや…考え方によっては一番良い!(第30話 並木監督)

しかし綾瀬川から「並木監督の野球塾に入りたい」と告げられた際に、並木監督は悩みます。確かに現状考えられる選択肢として「並木監督の野球塾に入る」は最良のものであると認めます。しかし並木監督の野球塾に時を同じくして監督の息子である「貴仁」が入ることが決まっています。最後まで悩んだ結果、並木監督は綾瀬川からの希望を断ります。

貴仁の側には置いておけない(第30話 並木監督)

 

この対比について、「バンビーズ監督は良いやつ(もしくは悪いやつ)、並木監督はひどいやつ(もしくはいいやつ)」などのキャラクターの印象だけで解釈もできますが、もっと奥行きを持った解釈も可能だと思います。ポイントはそれぞれの監督が「どれだけ野球に奉仕してきたか」だと思います。

 

バンビーズの監督は地元の弱小チームの監督です。チームの運営に一生懸命にビラをつくるところなどから「野球が好き」であることが伺えます。

しかし桃吾が対応できた綾瀬川の変化球に対して、監督は捕球することができなかったなどを考慮すると、野球選手としての実力は低いことが推測されます。

このことより「野球が好きで、奉仕(野球に人生を賭けたかったけど)したかったけど出来なかった」、そのような人物として解釈することができるのではないでしょうか。

そんな監督のもとに現れた綾瀬川という爆弾。それまで楽しくを信条としていた監督が得た「野球に奉仕できるチャンス」を得た結果、綾瀬川をある種裏切って日本代表選考に独断的に応募してしまうことになります。

綾本人の人格なんてどうでもいいと思わせてしまうほどの才能の魅力!(第1話 バンビーズ監督)

 

一方、並木監督はU-12日本代表チームの監督であり、元プロ野球選手。それもかなり有名な選手であったことが漫画内のセリフなどから推測できます。

あの人、現役んとき なんべん首位打者なっとる思とんねん(第2話 桃吾)

まぁ真木さんも 並木さんも ずっと特別扱いされてきた人だから わかんないか…(第13話 関根トレーナー)

つまり並木監督はバンビーズ監督とは異なり、「野球に奉仕してきた人物」だと思います。プロ野球のトップ選手であるために、自分の才能や時間を野球に奉仕してきた、人生の全てを野球に捧げていたのではないでしょうか。しかし綾瀬川の希望に、息子までは捧げることができず、野球塾への入塾を断ります。

 

このように野球を薦めるか否かという対比で描かれている監督について、「どれだけ野球に奉仕してきたか」というポイントで見ると奥行きを持った解釈ができると思います。

そして凄まじいのは、対比されてはいるものの、「信条を曲げざるを得なかった(バンビ監督:仲良く→強く 並木監督:野球至上主義→息子は勘弁)」と考えると、実はどちらも同じことを行っていて、その原因が「綾瀬川が怪物だから」につながっていると考えると痺れますね。

 

母親のエピソード

綾瀬川の母親に関して、ストーリーが進むことによりある変化が訪れます。それは「やめていいと言える母親(第3話)」と「それは言えなくなっている母親(第34話)」です。この二つが対比構造になっていると思います。

 

第3話の時点、日本代表チームの選考に参加した時点では、「やめたほうがいいのかな?」と問う綾瀬川に対して、母親は「野球をやめてもよい」と返答します。

いいよ 野球やめても(第3話 母親)

しかし世界戦で優勝したのち、綾瀬川が移籍予定だった強豪チームに入るのをやめるというシーンでは、第3話のように「別にそれでいいよ」とは言えなくなっています。やめるという綾瀬川をなんとか引き留めようと試みます。

次郎でもね…野球は…(第34話 母親)

この対比構造からは、母親の変化は見て取れるのですが、この変化は綾瀬川が世界一の能力を有している」ということを知ってしまったからではないでしょうか。

 

ここで一度、綾瀬川の家庭事情について考えてみたいと思います。以下に現在までにマンガで明かされている情報についてまとめます。

  1. 綾瀬川には姉が3人いる
  2. 綾瀬川と一番上の姉は14歳離れている
  3. 一番上の姉はほとんど家には帰って来ず、あんまり会わない
  4. 漫画ではミカとまゆという二人の姉しか登場しない
  5. 綾瀬川の体育会系の家庭ではなく、ごく一般的な家庭である(スポーツに対しての優先度はそれほど高くない)
  6. 母親も働いている
  7. 昔からスポーツをやりたいと言っていた綾瀬川に対して、金銭的にようやく通わせることができるようになった。
  8. 並木監督に野球塾に入りたいとつげる時、綾瀬川は「お金はお母さんに聞かなくちゃわからない」と言い、並木監督に断られると「お金が払えるかわからなかったから」と言う。

上記より家庭事情を推測すると、このような感じではないでしょうか。

・現在の綾瀬川家は母親、次女(ミカ)、三女(まゆ)、長男(綾瀬川、そして(単身赴任中の)父親の計5人世帯で、長女はおそらく独立している。(長女独立に伴い、家計に余裕が出たため、綾瀬川にスポーツをさせることができたと思われる) 

綾瀬川の姉の歳が離れているため、おそらく両親は四十代後半。共働きで稼いでいると考えても、おそらく世帯収入1000万未満

→貧困ではないが、今後「まゆ」「綾瀬川」と育てていくことを考えると、「それほど余裕は多くない」家庭であるものと思われます。

このような家庭を預かる母親として(U-12とはいえ)世界一(しかも完全試合)になった息子が、野球を続けた場合の生涯年収を考えないでいることはできるのでしょうか。

 

もちろん「母親は金に目が眩んでいる!」というつもりはありません。人間はそんなに単純なものではないと思います。もっと重層的な意識があって判断するのではないでしょうか。

第34話時点の母親も息子を思う気持ちはあり、なんとか息子の意思を尊重したいと思う気持ちは強いと思います。しかし「世界一になった(それだけの実力がある)」ことを知った以上、”世間に対する責任”や”お金”のことがどうしても意識に上がるようになってしまったのではないでしょうか。それはまっすぐ歩こうとは思っているけど、なかなかまっすぐ歩けない酩酊している状態に近いのかもしれません。この母親の変化からも「怪物、綾瀬川」の影響力を見てとることができると思います。

 

以上、大人たちのドラマについての紹介でした。上記に書いてきた通り、このようなドラマが全て「怪物、綾瀬川」の表現に集約され、「野球マンガ」として描かれているところが面白い!と感じるところです。このようにドラマで表現されることにより、ただの事実(世界戦で完全試合)だけでは出ない奥行きが生まれているように感じます。

 

今回で「ダイヤモンドの功罪」で書きたっかことは概ね書けました。(細かくはまだまだありますが)今回でひとまず打ち止めです。次回はまた別のことを書こうと思います。

それではまた次回。