Idiot's Delight

煩悩まみれで気軽に日々を過ごしております

自作小説『空の目をしたウサギ』

今日もお仕事です。

今回は手慰みで書いた短編小説を載せようと思います。

それではご照覧あれ。

 

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『空の目をしたウサギ』

 

空の目をしたウサギがいた。

その瞳には、冬の空のような青が広がり、

宝石を砕いて散ったような光がのっていた。

それは星のようにも見えた。

後ろ脚に力を込めると、ぴょんと跳ねることができる。

鼻と口はエサを求めて、絶えず蠢いている。

ーーどうしてこうなってしまったのだろう。

 

視界に少女が映る。

少女は雨の中、傘もささず立ち呆けていた。

何かを待っているのかもしれない。

何も待っていないのかもしれない。

ウサギの小さな頭では、なにもわからない。

ただ残った僅かな××は、少女に対して

寂しそうだ、と感じることができた。

後ろ脚に力を込めてぴょんと跳ねる。

少女の足元にその身を寄せてみた。

それが正しいことなのかも、よくわからない。

 

「かわいいね」

少女の声はか細く、しわがれていた。

ウサギの耳には意味を持たない雑音としか聞こえない。

少女はウサギを抱きかかえる。

ウサギの毛並みはゆるやかで、

重さもほとんど感じなかった。

ただ柔らかな暖かさがくるまっていることは

少女の折れそうな手にも伝わった。

「キレイだね」

少女はウサギの瞳を覗き込んだ。

「私のナカも、こんなに綺麗なはずだったのにね」

ウサギは少女の言葉の意味はわからない。

ただ少女の笑顔が淋しそうだということはわかった。

 

少女とウサギは、それから随分の間、

いっしょに過ごした。

少女は同じ場所にいた。

ウサギは後ろ脚に力を込めて

彼女の周りをぴょんぴょん跳ねた。

時に触れて少女はウサギを抱きしめた。

ウサギの中の脈打つ暖かさを求めていた。

少女の腕の中は寒々しかった。

けれどウサギがじっとしていると

ウサギの暖かさが彼女に移ったよう感じる時もあった。

それがウサギには、ことのほか嬉しかった。

 

どのくらいの時間が経っただろう。

ウサギにはそれは難しい問題だった。

長い時間だったような気がするし、

永遠よりも長い気もした。

充足という概念が不足しているその世界で、

やがて少女の動きは緩慢になっていった。

ぴょんぴょん跳ねるウサギを目で追うことすら

辛そうだった。

少女がウサギを抱き上げるときの力も徐々に強くなった。

それは振り絞るような力だった。

腕の中で押しつぶされそうな恐怖をウサギは感じた。

けれどもウサギは少女から離れることはなかった。

ほとんど重さのない体に立てられた

爪の痛みに耐えながら

少女の腕の中で、自分の暖かさが少しでも

少女に移ればいいと思っていた。

 

やがて少女は座り込み動かなくなった。

時折、そのひび割れた唇から

うめきのような声が漏れてくるばかりだった。

ウサギはその声に耳を澄ました。

声を聞き逃さないようにと

ウサギに残った××を振り絞った。

少女の声が聞こえると、

ウサギは後ろ脚に力を込めてぴょんと跳ねた。

でも少女は動かなかった。

 

ウサギは後ろ脚に力を込めて、ぴょんと跳ねた。

何千回も、何万回も。

もうずいぶん前から声は聞こえなくなっていた。

 

ウサギの目の前に、別のウサギが現れた。

“何をしている?”
別のウサギは、ウサギに声にならない言葉で問いかけた、

“お前は何をしているんだ?”
別のウサギはウサギを見つめていた。

別のウサギの瞳は、夜が落ちたように真っ黒だった。

 

“義務を果たせ”
別のウサギはウサギを責めた。

“職務を果たせ”
ウサギは混乱した。

ーーなんで、そんなことしなくちゃいけないんだ。

 

やがて別のウサギは去っていった。

最後には別のウサギの真っ黒な瞳には

侮蔑の色が滲んでいた。

それはウサギの小さな頭でもよくわかった。

 

別のウサギが去っていった向こうの空が

明るく照らし出されていた。

空からウサギが降ってきて

地面に当たると爆発した。

これが別のウサギが言っていた義務なのだろうか?

これが別のウサギが言っていた職務なのだろうか?

地面に当たって爆発しても

それほど世界は変わっていないように

空の目をしたウサギには見えた。

 

後ろ脚に力を込めてぴょんと跳ねる。

ウサギは少女のことも忘れてしまった。

けれどもその暖かさはなんとなく覚えていた。

後ろ脚に力を込めてぴょんと跳ねる。

だんだん力がうまく込められないようになってきた。

後ろ脚に力を込める。

しかし脚は空を切って、

かさっと動くだけになった。

ウサギは残った××で考える。

もうわずかも残っていないけれど。

口も鼻も蠢くことはなくなった。

それがいいことかもわからないけれど。

瞳の中の星たちも以前のようには輝かなくなっていた。

 

滲み出るような暗闇の中で

ふいにウサギは少女の暖かさを思い出した。

ああ、そこにあったんだ。

別にそれでよかったんだ。

ウサギは小さな頭で考えて、少し嬉しくなった。

そして星が流れた空の目を、ゆっくりと閉じた。

 

(了)

 

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たまに創作すると楽しいものですね。

 

今回はここまで。

それではまた次回。