Idiot's Delight

煩悩まみれで気軽に日々を過ごしております

花奴隷(1)

今日もお仕事です。

最近やたらとリアルな夢を見ます。いやリアルというより「ハッ」と気付かされることが多い夢です。そんな示唆的な夢がどこから来るのか興味がつきません。所詮は夢ですが。

さて今回はまた手慰みの小説を書いていこうと思います。先を考えずに書いたらどうなるだろう? そんな興味本意が込められています。

ではご照覧あれ。

 

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『花奴隷』 1話

 

赤と白の花ビラが舞っている。

白の花びらは風にのって流れるように

赤の花びらは弾けるように散っていた

地面は光を遮られインクのような黒が

点々と染みている。

花畑には男が立っていた。

麦わら帽子をかぶって

日に焼けて太いその腕は

たとえ地が揺れても

支えられそうなほどに逞しかった。

男はその腕の両手いっぱいの花を抱えていた。

男の腕に抱えられた花は

刈り取られたばかりだろうか。

花の幹は荒々しく千切れていた。

しかしその花弁は瑞々しいほどに美しい。

男は笑っていた。

「時間は戻らない!」

男は笑いながら大声を張り上げていた。

「だから時間というものは」

男の顔は麦わら帽子のひさしに隠れてよく見えない。

「残酷なまでに不平等なんだ」

男の顔が変わった。

それは裂けるような笑顔にも

今にも泣き出しそうな赤子のようにも

どちらにも見える顔だった。

 

奴隷になる前の少年に

記憶というものがあるとしたら

それはそのようなものだけだった。

 

 

 

少年は朝になると目が覚めた。

目覚めたくなくても

朝は来てしまい目を覚さなくてはいけない。

寝床から起き上がって鏡を見る。

いつも見た顔だ。少年はうんざりする。

うんざりする理由はよくわからない。

簡単に身だしなみを整えて食堂に向かった。

 

食堂には奴隷の少年たちがひしめき合っていた。

朝食は魚のスープと黒いパンだ。

贅沢なものではなかったが

味はよく、何より温かかった。

朝起きて空腹の少年にとって

それは十分な食事だった。

しかし少年は食堂が苦手だった。

一人でいるのは苦痛ではなかった。

しかし他の少年の中にいると

何故か指が震え目に涙が浮かんできた。

それが恥ずかしくて嫌だった。

周囲に悟られないように

慎重に手早く食事を済ませて

いの一番に食堂を出るのが

少年の常だった。

 

食事を終えると少年は仕事をするために花畑に向かった。

宿舎を出ると見渡す限りの一面が

赤と白の花に覆い尽くされていた。

赤い花は命の花、白い花は未来の花。

はじめての日に少年はそう教わった。

 

少年は鎌を手にもち花の刈り取りを始める。

それが少年の仕事だった。

赤い花の幹は荊棘に満ちて少年の手を傷つけた。

白い花の幹は弾力に満ちて異様に切りづらい。

毎日繰り返していても、少年には

一時間に一本の花を刈り取るのが限界だった。

日が暮れると少年は花を抱えて宿舎に戻った。

その日に刈り取れたのはわずかに八本だけだった。

 

刈り取った花をもって少年は花畑主(はなばたけぬし)の元に出向いた。

花畑主は黒いドレスに身を包んだ女性だった。

少年が彼女をみるときは、いつも気だるそうに煙管を燻らせていた。

少年は刈り取った花を彼女に捧げた。

彼女は面白くもなさそうに受け取ると

花びらの一片一片をちぎって煙管につめて火をつけた。

「また八本だけかい?」

「はい」

花畑主は少年を抱き抱えると自分の膝に座らせた。

「お前は89,743本の花を刈り取らなくちゃいけないんだよ。お前はいままでどれくらいの花を刈り取ったんだい?」

少年は困った。少年は数字が苦手だった。

花畑主は少年の頭を撫でて話を続けた。

「いいかい? 結局は数とスピードなんだ。数がすべてという奴がいるが、そんなものは脳みそが半分こぼれてしまったやつの戯言さ、気にしなくていい。でもね、結局は数とスピードなんだよ、そこにしか差は生まれないんだよ」

少年は口ごもった。

花畑主が撫でる手は震えがくるほどに優しく、

花を煙にして吸う彼女の吐息は甘かった。

「とにかく89,743本なんだよ。それを忘れちゃいけないよ」

花畑主から解放された少年はお辞儀ともとれないお辞儀して自分の部屋に戻った。

部屋に戻って鏡で自分の顔を見た。

朝ほどうんざりはしなかった。

その理由も少年にはわからなかった。

 

(続く)

 

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以上です。

今回はここまで。

続きはどうなるのか? それは私にもわかりません。

それではまた次回。