Idiot's Delight

煩悩まみれで気軽に日々を過ごしております

花奴隷(3)

今日もお仕事です。

最近、堺雅人さんと堺正章さんを混同してしまいます。ニュースで堺雅人さんの名前を聞くとマチャアキが!? となる今日この頃。

さて今回は引き続き自作小説「花奴隷」について書いていこうと思います。

前回はこちら。

akutade-29.hatenablog.com

 

ではご照覧あれ。

 

ーーー

 

『花奴隷』 3話

 

それは目の前で咲く花の声だった。

少年は恐ろしくなった。

花の声なんて聞こえるわけがない。

掴んでいた手を放して転がるように

その場から宿舎に向かって逃げ帰った。

 

その日、刈り取れた花は結局4本だけだった。

体中は泥だらけになっていた。

花畑主(はなばたけぬし)にその4本を捧げると

彼女は少年の姿を上から下まで

なめまわすように眺めた。

「いろいろ頑張っているようだけどね」

彼女の視線はとても優しいものだった。

「時々、お前のことがことのほか愛おしくなるよ。でもね、数とスピードなんだよ。お前はそれを見つけなくちゃいけないんだよ」

彼女の声色には慈愛が満ちていた。

少年は居心地の悪さを感じて内心で身悶えた。

少年から視線を外すと花畑主はいつものように

花の花弁をちぎって煙管に詰めて煙を燻らせていた。

少年はお辞儀をして彼女の部屋から去った。

その日、彼女は少年に触れることはなかった。

 

あくる日の食堂にて。

奴隷の少年たちの間のある噂が立ち上がっていた。

それは画期的な白い花の刈り方だった。

一本の花を3人がかりで刈る方法らしい。

その方法を用いれば

1時間かかる刈り取りが10分ほどで刈れるらしい。

食堂はその噂で俄に色めき立っていた。

試してみようという声が

食堂の所々から湧き上がり

みるみるうちに集団が形成されていく。

少年は努めてさらに目を落としつつ

そのような光景を肌で感じていた。

早く食べ終えて一刻も早く

その場から立ち去りたかった。

 

あの花はなんなんだったろうか?

食堂の賑わいから離れてひとり花畑に立つと

少年は昨日の花が気になり始めた。

昨日は花の声を聞いたんだと確信していたが

案外、なにかの聞き間違いだったかもしれない。

昨日感じた恐怖の慣性は

少年の中から、すっかり失われつつあった。

すると、やはりあの花こそが

自分にとっての数とスピードだったのかもしれない、

そんな無根拠な希望が湧いてくる。

少年はあの花のもとに向かった。

足取りは希望を奮い立たせるように軽く

幾許か残っている恐怖のために重くを繰り返した。

ただ食堂の賑わいから少しでも離れることで

少年の心は軽くなった。

 

花はすぐに見つかった。

そうとわかっていればすぐに見つかる。

白の花と赤の花が密集して渦巻く中心に

ぽっかり空いた地面で二色の花は咲いていた。

少年は恐る恐る手を幹に伸ばした。

「やめてください」

花に手が触れるとやはり声が響いた。

気のせいなんかじゃなかった。

恐怖が少年の肌を伝ったが、

慣れもあるのか身の奥までは染み込まない。

なんとか踏ん張った少年は鎌を取り出した。

「私を刈らないでください」

声がまた響いたが、

少年を止めるほどの力は、もうこもっていなかった。

少年は祈るような気持ちで

ゆっくりと鎌を持ち上げた。

これこそが数とスピードなんだ。

時間をかければ

そんな妄想が真実になるかのように

ゆっくりと。

そして少年は鎌を振り下ろす。

 

「あなたはなぜ私を刈るのですか?」

 

しかし鎌が届く前に花の声が響いた。

その声にはまったく力はこもっていなかったけれど

少年は止まってしまった。

なぜ花を刈るのか?

問われて少年は。

「私は」

久しぶりに使った喉からは

しわがれた声が漏れて咳で払った。

けれども続く言葉がよくわからない。

「かズと、すピー…ど、ダから……」

振り絞るように出した言葉は

少年にとっても意味不明なもので

みっともなくて消え入りそうな声だった。

そんな少年の言葉では

まったく要領を得なかったであろう

二色の花は少年に問い続けた。

「それは誰に言われたのですか?」

「それハ、…花畑主…デす」

「花畑主とは誰ですか?」

「花ヲ、ささげナくちゃ…いけません。たくサん…」

そして花の声は響かなくなった。

少年は花の次の言葉を待った。

黙って考え込んでいるような気配を花に感じた。

「では」

ようやく花の声が響いたと思ったら

 

「花畑主を刈るのは、いかがでしょう?」

 

と提案してきた。

それは少年が思いもよらないことだった。

 

(つづく)

 

ーーー

 

今回はここまで。

だいぶしんどくなってきた!

それではまた次回。