今日はお休みです。
急に暑くなってきました。すでに半袖です。
さて今回は『勇気爆発バーンブレイバーン』11話の感想を書いていこうと思います。
11話で本作がだいぶ明らかになったと感じました。
※以降、ネタバレを含みますのでご注意ください。
11話で明らかになる構造 『勇気爆発バーンブレイバーン』とはなんだったのか?
10話おわり、「ブレイバーンたちだけで敵陣に乗り込むぞ」を受けて、11話の初めはビーチで佇むイサミとブレイバーン。「なんとかなった」的なセリフから乗りこんだシーンはカットされたようです。そして11話その後すべてギャグが展開されます。
通常、戦闘面にフォーカスした「ロボットアニメ」では、あり得ない構造です。しかし思い返してみると、本作はこのような「肩透かし」のような構成が多かったように感じます。
この「期待(こうなるだろう)をずらす」という構造、なにかに似ているなと考えてみたところ、思い当たりました。
本作の物語の構造は『増田こうすけ劇場 ギャグマンガ日和』が近いのではないでしょうか。
このように考えると、いままで「構成の不備」だと思っていた以下のような点も全て解消されます。
- ブライバーン初登場時にBGMがなるのはなぜか?
- 軍のトップがブレイバーンの言いなりになるのはなぜか?
- 世界を救わなくちゃいけないのに5話までハワイにいるのはなぜか?
- 艦上でボクシングを始めるのはなぜか?
- 必殺技がミサイル誘導と地味なのはなぜか?
- 合体といいながら、鎧着込んだだけなのはなぜか?
- 世界を救うといっているのにハワイ→日本→イギリス→ハワイと島国しか救わないのはなぜか?
つまり『勇気爆発バーンブレイバーン』は「ロボットアニメ」ではなく、「ギャグアニメ」だったのです。
上記は物語上の伏線などではなく、すべて「ギャグ」と考えると腑に落ちます。
ギャグアニメとしての「勇気爆発バーンブレイバーン」の構造
『ポプテピピック』というアニメをご存知でしょうか? これも「ギャグ」なのですが、エピソードのひとつに「巨大ロボットが登場する」エピソードがあります。そのロボットは作画的にクオリティが高く、「ギャグアニメなのに本格的なロボットが登場する」という構造で笑いをとっていました。
本作『勇気爆発バーンブレイバーン』はこの構造を逆転したものだと思います。つまり「本格ロボットアニメなのに、ギャグに徹底する」ことで笑いを取ろうとしたギャグアニメです。
この視点(本作はギャグアニメ)でエンディングテーマを見ると、本作がギャグであることがよくわかります。
私も「ロボットアニメ」と勘違いしていたので、このエンディングについて「ロボットアニメにおけるBLへの批判が込められている」みたいな見方をしてしまいましたが、大間違いでした。
正しくは
- ルイスが歌い出したら、「お前が歌うんかい!」と突っ込む
- 脱ぎ出したら「なんで脱ぐねん!」と突っ込む
- 背景が書き割りとわかったら「書き割りなんかい!」と突っ込む
などとギャグに対してツッコミながら見るのが制作が想定した正しい見方だったのでしょう。
本作の”真”の問題点
いままでも本作について「テンポが遅い」などの批判を書いてきましたが、それらは全て本作に対しては当てはまらないものでした。
なぜなら「ロボットアニメ」ではなく「ギャグアニメ」だからです。
では「ギャグアニメ」としてみれば面白いかと言われれば、面白くないと応えざるを得ないのが辛いところです。
本作の正しい批判は「ギャグが弱い」ことでした。
そして「ギャグが弱い」にも関わらず、つっこみも不在であり、中途半端なロボットアニメとして受け止められたのが本作の真の問題点だと思います。
以上、11話感想でした。
今回はここまで。
本作、「どのように終わらせるのか?」は興味津々です。
それではまた次回。